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◆『修徳寺の夜』を探して・・・

「修徳寺」に到着。

http://myhome.cururu.jp/pojagi/blog/article/41000500331 から続く。

樹々が色付き、銀杏がその実を落とし、参道はすっかり秋の風情です。

急な階段を登り、国宝第49号という「大雄殿」にお参り。

この方のブログの写真をご参照あれ。

みどり濃い時期の写真です。

いよいよ今回のお楽しみ

「織・染・繍그리고(and)仏教」開催会場となる

槿域聖寶館へ。

その前にちょっと道草・・・

「昔、修徳寺の夜っていう歌謡曲があった」と、

修徳寺を歩いた3日後にソウルで

たまたま知り合った方が話していたのを、

この記事を書き始めて思い出しました。

「修徳寺の夜?」

「うん、確か修徳寺の夜」と、彼女は言っていた。

yahoo koreaで「수덕사의 밤(修徳寺の夜)」検索したら、

出るわ出るわ芋づる式に・・・。

なかなか旅は終わりません^^

ヒットした1行目をクリックすると、それはyahooの知識検索。

「ウチのおばあちゃんが昔の曲を歌いたいっていうんですよね。

私に歌詞を調べてくれと言うんですが、‘修徳寺の女性’という歌の

歌詞をご存知の方教えてください」というもの。

そして、それへの回答は、

노래제목은 수덕사 여성이 아니라 수덕사의 여승 입니다.

(歌のタイトルは、‘修徳寺の女性(ヨソン)’ではなく‘修徳寺の女僧(ヨスン=尼僧)’)です

そして、その歌詞は、

인적없는 수덕사에 밤은 깊은데(人跡のない修徳寺の夜は深く)

흐느끼는 여승의 외로운 그림자(むせび泣く尼僧の寂しい影)

속세에 두고 온 님 잊을 길 없어(俗世に残してきたあなたを忘れるすべはなく)

법당에 촛불 켜고 홀로 울적에(法堂にろうそくを灯す 孤独な時間)

아~~ 수덕사의 쇠북이 운다(あ~修徳寺の鐘がなる)

(※日本語訳は私が勝手につけました^^;)

結局、この方の探していた『修徳寺の女性』と、

私の探していた『修徳寺の夜』は

正しくは『修徳寺の尼僧 수덕사의 여승』という

曲であったことが判明

60年代中頃に大ヒットしたらしい。

と、聞くと今度はどんなメロディーかが気に掛かる^^;

古賀メロディーを思わせる曲、陳腐と言えなくもないこの歌詞。

お寺の実名まで冠したこの曲。果たしてこの尼僧のモデルはいたのか?

芋づる式に辿っていくと、そこには意外な事実が・・・

ここで過していたであろうモデルとなった人物は、김원주(キム ウォンジュ)。

書をよくした彼女のペンネームは김 일엽(金一葉)。

梨花女子大の前身である梨花女子専門学校出身。

不幸な結婚に終止符を打ったあと、朝鮮(南北分断前のことですので、

あえてこう書きます)女性としては最初の留学生として日本へ。

そこで日本人男性(当時、九州帝国大学在学中)と恋愛。

男性側家族の反対により結婚できず国に戻り、出家することとなる。

が二人の間には男児がひとり・・・。

この子どもは、現在の北朝鮮・黄海道海州で父親の友人(朝鮮人)が

育てることとなります。

14歳の時、初めて母親に会いに修徳寺を訪れた際、

「オモニと呼ばないで、スニム(僧侶)と呼びなさい」と言われ、

ただただ涙に暮れたといいます。

この「子ども」も、現在80代、その名をよく知られた慶尚南道の直指寺

僧侶(일당스님)ですが、韓国に定住したのは66歳のとき。

やはりこの方も東京帝国美術学校で絵を学ばれています。

朝鮮戦争直前に、生まれ育った海州を訪れるも「親日派」ということで辛苦をなめ、

1965年日韓基本条約締結後、韓国へ渡ろうとすると、

今度は‘北’との関わりのため入国できず。

そんな波乱万丈の人生を綴った著書が

2002年に出された「어머니 당신이 그립습니다」

この本のタイトルだけは知っていました。

引っ掛かりながらも、そのとき買わなかったのは、

きっとこんな巡り会わせが待っていたのだろうと不思議な気がしています。

これは今度買わなければなりません。買います、きっと!

ソウルで偶然知り合った方の口から出た「修徳寺の夜」。

このひと言が糸口となり、多くのことを知ることとなりました。

そんなわけで旅日記も道草喰ってしまいました

-----続く-----

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