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2014年4月

◆むか~し昔の韓国映画祭

むか~し、昔、韓国映画50作品一挙上映とか、80作品一挙上映なんていうのが

開催されたことがありました。

貪るように、せっせと映画鑑賞に通ったことは言うまでもありません^^V

ノートパソコンからデスクトップに替えるため、置き場所を確保すべく片付けをしていたら

うれしいことに80作品一挙上映のパンフレットが出てきました。

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ボロボロですが、懐かしいパンフレットです。

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12月26日(木)→2月16日(日)とありますが、何年のことだったでしょうか。

タイトルを見ると、1946年から1996年までの作品となっていますから

96年か97年の年末から翌年にかけてだったかもしれません。

これよりも前、1994年の夏にも、50作品一挙上映が、確かありました。

こちらもパンフレットが出てくるといいのですが…。

これら一挙上映の会場は都営三田線の千石駅近くの三百人劇場。

韓国映画のためだけに、せっせせっせと通った三百人劇場ですが、

いつの間にか無くなったようですね。

韓国映画を観るために通った懐かしい劇場がもうひとつあります。

早稲田の方にあった、何ていう名前だったっけ?

「青俳」だったかな?

靴を脱いで上がる小さな古いふるい劇場^^;

銭湯の番台のようなのがあって、脱いだ靴をそこに預け、

中に入ってびっくり仰天Σ(゚д゚;)。

椅子がないのです^^;

カーペットに座って観る映画館なんて、後にも先にも、あそこだけしか

経験がありません。

ここの韓国映画一挙上映は、何作品だったかしらん?

何しろ夥しい数だったことは言うまでもありません。

三百人劇場のときも、「青俳(?)」のときも、たまたま時間が自由に

使えたころでしたので韓国の古い映画を満喫しました。

でも残念ながら『金薬局の娘たち』は見逃しているのですcatface

どこかで、またこんな催しをやってくれないかしら?

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◆統営散策 艸丁 金相沃(詩人)編

さまざまな分野の芸術家を多数輩出した土地ということから、

統営には「芸郷」という枕詞が使われているのをよく目にします。

欲知島から戻って、三徳港から統営市内中心部に向かうバスに乗り、

適当なところで当てずっぽうに降りて散策した日のことです。

バスを降りたらすぐ近くにも銅像が一体ありましたが、

この詩人・김 상옥(金相沃)の像は散策中2番目に出会った像でした。

金相沃の詩は、たぶん読んだことがなかったと思いますが、

こういうお顔で、こういう雰囲気の方だったのか~と、立ち止まって眺めていると

隣りに座っているアジョシが同じ足の組み方をしているではありませんか^^

失礼とは思いながら、1枚そ~~っと撮らずにはいられませんでした、お許しを。

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石碑には号が艸丁と刻まれていますが、草汀··草丁も使われていたようです。

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少し付近をぶらぶらしてまたこの像の前を通ると、横に座っていたアジョシは

もう姿を消していました。

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像の前にある樹は桜cherryblossomのようですね。

今年は開花が早いようですから、今頃はもう花びらを散らしているでしょうか。

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◆再び 김약국의 딸들(キム薬局の娘たち)

今年中(2014年)に読了目指している朴景利著の『土地』。

その中の솔밋하다という単語ひとつが気になったばっかりに、安宇植氏の訳本を

入手するに至りました。

そのなかで気になる記述が目に付いてしまったので、

再び김약국의 딸들(キム薬局の娘たち)です。 

安宇植氏訳の『土地』全8巻は、私が今読んでいる나남出版の『土地』全21巻で言うと

1~4巻に相当します。全体が5部で構成されているうちの1部のみということになります。

26年の歳月を費やしての超大作ですから、安宇植氏が翻訳に取り組まれた当時は

まだ1部しか世に出ていなかったということもありますが、全8巻の訳書のうち

安宇植氏が訳されたのは1~5巻までで、残り6~8巻までは鎌田光登さんが

訳されています。

安宇植氏が『土地』の翻訳から‘降りた’理由はこちらに詳しい。

実は入手した訳本は、

『○○은 깻잎같이 솔밋한 얼굴의 땀을 닦아내며 미소지었다』の辺りに

目を通しただけで読んではいません。

安宇植氏の解説と、鎌田光登さんの急に翻訳を引き受けることとなった理由にも触れた

あとがきのようなものだけは読みました。

そのなかに『金薬局の娘たち』を読んだ時の体験が大きな動機となった、

というくだりがありました。

それに続く文章を引用すると次のようです。

この作品は旧韓末から日帝時代初期にかけての、

晋州の旧家の没落を描いたものであるが日本人は一切出てこない。

それから7年後に書かれたこの「土地」の中では韓日併合に至る前後の

日本に対する批判、恨みが痛いほど目につく。

一人の作家でありながら、日本という対象に対して、

どうしてこれほど態度が変わったのかという疑問にとらわれたのであった。

上の引用文中の、晋州というのは間違いで、小説の舞台は統営です。

朴景利が、いかにも『土地』で初めて反日精神を見せたかのような書き方も意外です。

『キム薬局の娘たち』にも、日本人をあざ笑うかのような朴景利の姿(?)が、

k_sarangには見えました^^;

たとえば、この小説のわりと最初の方、統営という見出しの部分、ページで言うと13頁に

다이코보리「太閤堀(たいこうぼり)」の説明が出てきます。

東洋で初めて造られた統営にある海底トンネルのことですが、これはかつて「太閤堀」と

呼ばれていたそうなのですが、日本人までもが呼んでいたことを滑稽だと朴景利は

書いています。豊臣秀吉は一度も朝鮮の地を踏んだことがないにもかかわらず、

太閤の名を冠することが可笑しいというのが、その理由です。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというヤツですね。

第4章の嬰児殺害事件の中では、「キム薬局」の長女である容淑が不倫相手との間に

生まれたばかりの赤ん坊を池に投げ込んで殺したという廉(かど)で、不倫相手とともに

警察にしょっ引かれるも、証拠不十分で釈放されるという場面が出てきます。

「어찌나 변설이 좋던지 왜놈 순사들이 홀딱 반했다 안 카나.

청산유수 같다더만, 게다가 절색이라」

(どれだけ弁舌さわやかだったか、日本人巡査のやつら、すっかり惚れちまったって

いうじゃないか。まるで立て板に水のごとしだったって。そのうえ絶世の美人ときたもんだ)

「허 그래 무죄석방인가요」(ほう!それで無罪放免かい?)

事件が事件だけに、警察署前は黒山の人だかり。

電柱によじ登って見物の子どももあり。ちょうど市の立つ日とあって地元の人々、

それに周辺の田舎から出てきた人たちでごった返すなか、慶尚道弁での

会話が続きます。

『土地』のように萩原だの林信夫だの緒方次郎・緒方健作などと

いうように人名では登場しなくても、こんな形で『キム薬局の娘たち』にも

日本人は描かれています。

美人容疑者に鼻の下を伸ばしている日本人巡査の姿、悪し様に、そして滑稽に描く、

これも反日でなくて何でしょう。

以上、鎌田光登さんの訳者あとがきに関してのたわ言でした^^:

--------------------------オマケの画像------------------------

統営市内中心部を散策中に見つけたバス停。

側面には朴景利の写真が…。

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バス停至近には薬局が…。

キム薬局ではなく、中央薬局でした^^;

統営には、はたして「キム薬局」は存在するのかしらん?

存在しないでしょうね。と自問自答してみたり。

なにせ、かつて映画化された「金薬局の娘たち」は

アジア映画祭で悲劇賞受賞したそうですから。

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